日本の離島、その歴史を探る

日本最古の神社、伊弉諾神宮

日本最古の神社、伊弉諾神宮

日本神話の中で、イザナギとイザナミが特に好きという方はお勧め

そんな淡路島を訪れることがあれば是非とも一度尋ねてもらいたいのが、祭神としてイザナギとイザナミを祀っている『伊弉諾神宮』へは足を運んでもらいたいところ。その名の通りな神宮となっているので余計な説明を付け加える必要は無いだろうと思う。この神社は特に日本最古とも言われており、その存在も古事記、日本書紀に記載が載っているためこの日本という国においては中々目の離せない神宮となっている。

ここで気付く人もいると思うが、祭神として『イザナミ』も一緒に祀られていることを疑問とする人が出てきてもおかしくは無いだろう。先述では説明しなかったが、かの日本最古といえる女神は本来世界に留まっていない存在だからだ。それは国産みが終了し、数多の神々を産み落としていく過程で、かの迦具土ノ神を産み落とした時に多大な火傷をこうむってしまったがために、黄泉の国へとイザナミは連れて行かれてしまう。嘆き悲しんだイザナギは何とかして連れ戻そうと尋ねて見つけることは出来たが、用意が出来るまで自分の姿を見ないようにしてくださいというイザナミの言葉を無視して、イザナギは見てしまった。そこにはかつて愛していたはずの女神はおらず、全身腐食だらけの死人も同然な姿に変貌しているのを目撃してしまい、イザナギは恐れから逃げ出してしまう。

何とか無事に逃げ帰ることに成功したが、イザナミは恨み言を呟くように今後は一日1,000人殺すと宣言し、それに対してイザナギは1,500人産み落とすと発言した。その後黄泉の国から訪れた穢れを禊で洗い流すことで天照大御神を始めとした有名な神々が生まれることになると、その後天照大御神へと正式に国家統治の大業を移譲すると、俗世間から隠居するように建設したのがこの神宮となっている。

さて、このことからも分かるとおり、この神社は確かに『イザナギ』が祀られているが、『イザナミは黄泉の国へと堕ちているため祀られない』はずだった。その後元は同じ神だという事もあって、イザナミも同神宮の祭神へと祀られることになったわけだが、その辺の所も踏まえて話をしていこう。

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二神が祀られるまで相当時間が掛かった

イザナギがすべての仕事を娘(便宜上の設定)である天照大御神に自身の役目を全て託すと、かの地としてかつてイザナミと共に最初にきちんと作り出すことに成功し、序列的に3番目に作られた子供でもある淡路島にて余生を過ごすことを決める。淡路島は多賀にて『幽宮』を構えることとなり、その地に現在神宮が建造されたと言われている。

それはさておき、問題は祭神である。確かにイザナギを祀られているが、どうしても外せない点としてイザナミの存在が神職関係者にとって悩ましきところだった。結果的に黄泉の国に落ちてしまったが、日本を作り出したのは紛れも無くイザナギとイザナミの二神であることを強調し、祭神としてイザナミも祀るべきだとする意見が上がり始めたのが1931年のことだ。その前から祭神についてどうするべきかと話し合われていたようで、正式に祭神はイザナギ一人で十分だとする意見が、1870年にてかつて存在していた淡路島の『名東県』によって祭神はイザナギ1柱だけで十分であるとする判断が下される。このまま決定するかと思われたが、後に本殿が開かれたところには何故かイザナミも共に祀られていたため、再度審査を依頼した嘆願書を資料つきで提出したところ、一度は認められなかった案件が正式に許可されて、晴れて再び同一の神社にて共に祀られることとなる。

寝台列車で行こう

陽の道しるべ

淡路市内からは距離が離れているが、地元の人達にとっては馴染み深い神宮であり、日本の歴史という観点からでも重要な意味を持っている神宮である事を改めて説明することもないだろう。そんな伊弉諾神宮だが、実はこんな面白い、実に興味深い繋がりを示しているという。どういうことか、それはこの神宮を中心点とすると東西南北の各地にはそれぞれ神社としてとても由緒ある歴史を持っている社が存在していることが明らかになる。

まず東にあるのは神奈川県の本社を構えている『伊勢皇大神宮』の内宮があり、西には『日御碕神社』、南には『諭鶴羽神社』、そして北には『出石神社』といったように各地方ではかなり名の知れた神社が点在している。ただこれは偶発的に建造されたものではなく、意図的な意味合いで建築されたと分析することが出来る。この他にもかつて京として存在していた藤原京が存在していたことを含め、これら神社に共通しているのは祭神として『天照大御神』、もしくは『イザナギ』が祀られているところとなっている。

ではどうしてこのような仕組みを形成してるのか、それはかの神々が『太陽』をシンボルとしている点だ。少し宗教じみた言葉だが、科学的にもこれらの神社を起点として太陽が昇り降りする指針として、そして季節によって太陽が上がる位置を補足するため必要な道しるべとして用いられていた。そのため、これら神社が配置されていることを『陽の道しるべ』、もしくは『太陽の運行図』とも言われている。

この配置に関してはとても今日深いところだ、計算されたようにこれほど明確に正確な位置に建造されている神社も早々無いだろう。おそらく朝廷ないし、政権がそうした意図を取り計らって神宮を配置することでより神への信奉心を讃えることに専念してもらい、また季節の移り変わりを明確に分かるようにといった天候の軌道を予測するといった目的も兼ねているだろう。今でこそ象徴的な意味合いとして利用されている神社だが、こうした特徴を踏まえて考えると利用できる物はなんでも利用して、日々の生活に役立つようにしていこうとする意気込みが垣間見られる。神様をも利用するというのだから、大それたことだ。

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