日本の離島、その歴史を探る

鬼の住む島

鬼の住む島

壱岐島に残されている伝説

日本神話という観点から見ても、また民俗学的に見てもこの壱岐島もまた、離島ならではの独特な文化をかもし出していることもあって、観光スポットとしては見所がある。離島ならではの海洋レジャーももちろんいいが、それ以上にこの島に残されている伝説は日本神話としてではなく、民話として伝承されている面白い話がある。それは『鬼』が登場する伝説がこの地域には沢山根付いている。それも1つや2つではなく、伝承の他にスポットとして鬼と関連していると考えられている場所がある。

だがどうして鬼なのかは気になるところ、鬼に関する有名な民話が伝承しているのは別の地域となっており、壱岐島周辺はむしろ神々に関連した伝承が多くなっている。ならば鬼とはどこから来たのかというと、それは壱岐島の民話として伝えられている『大男デイ』に伝わる、鬼を題材にした昔話がその始まりとなっている。

その昔、大男デイが朝鮮から対馬、そして壱岐といったように飛んで来たと考えられており、やってきたデイが最初にしたのはとにかく腹ごしらえだった。デイは自身のふんどしを器用に利用して、クジラ三頭を無事に確保することに成功して、それらを食べていく。その後、デイは壱岐島で好き勝手し放題となり、居住していた人々は何とか対策を講じようと聖母宮の宮司に相談をするのだった。出した解決策として、それは巨大な草鞋を作ることだった。それもデイよりも巨大なものを作るように指示すると、村人達はその指示どおり巨大な草鞋を作成に成功する。そして出来上がったものを聖母宮に吊るしたことで、デイはそれを見て自分よりも巨大な存在がいることに恐れおののき、慌てて海を越えて島から退散していったという。

姿形など、まさに鬼と呼ぶに相応しい容貌となっているその姿はまさしくその名が知れただけの事はある。そこから鬼の痕跡として残された史跡などがあちこちに残されていることから、壱岐島では天を繋ぐ重要な柱がかつて存在していたことと、鬼という異形の怪物の伝承が残されている。ではどんな伝承が残されているのか、少し見ていくとしよう。

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伝承 百合若大臣の鬼退治伝説

鬼を題材にしている伝説が数多く残されている壱岐で、まず最初に紹介する伝承は『百合若大臣の鬼退治伝説』だ。まずは簡単に物語の概要を説明すると、次のようなものだ。

昔、壱岐にはそれは沢山の鬼が住んでいた鬼が島だった。鬼は、島を我が物顔で荒らしまくり、島に住んでいる人々を苦しめていた。その鬼の悪行を見かねた豊後国の若竹武者百合若大臣が壱岐へ鬼退治のためにやってきた。百合若は到着してからというもの、鬼を次々討伐していき、鬼を打ちのめしていく。そして最後に残った鬼の大将である『悪毒王』と相対し、悪毒王との激戦の末、百合若は刀を振り下ろし、悪毒王の首を切り落とす。切り落とされた鬼の首は空中を舞い上がり、百合若の兜に生き首としてかぶりつくが、噛み砕く前に事切れてしまい、かくして百合若大臣の圧倒的勝利で幕を閉じる。そんな勇士を描いたのが『鬼凧』として伝えられている。

内容だけを見て考えると、何処にでもある、それこそ桃太郎の昔話とよく似た話となっている。ここで登場する百合若大臣と呼ばれる架空の人物についてだが、彼を主題にした作品は全国各地に存在してる。ただその内容はここで紹介した概要で述べられているような活劇譚といったものではなく、百合若大臣の復讐劇として描かれている作品が多く見られるのも、この作品の特徴といったところだ。

鬼を題材にした話、正直原作の内容はそこまで明るいモノでは無いのだがストーリー性などを参考にして作られたのが『桃太郎』の誕生にも繋がっていくと言われている。確かに、これで桃太郎がおじいさんとおばあさんの復讐のために鬼退治をしている、と言った設定がついてしまったらそれこそ重い話になりかねない。のん気に犬・猿・雉を連れてのんびりと旅路を歩いている場合ではない。さすがにその点は描かないようにして、肝心なところだけを参考にして、そして誰もが親しみを持つことが出来る作品に仕立てた結果がこの概要へと繋がっていく。

鬼凧とは

この百合若大臣が最後に悪毒王の首を跳ねるとき、それは天高く舞い上がり首が最後の悪あがきとして百合若の兜に噛み付くも余力なく力尽きてしまう。その後平和になった壱岐島だったが、退治された鬼達は天空から壱岐に戻るタイミングを見計らっていたとされ、そこで住民たちが考えたのは悪毒王の最後、百合若の兜にかぶりつく様子を凧として揚げることで抑止力とする。

まさか自分達の大将がやられたと知らなかったため、それからと言うものの二度と鬼が壱岐島に訪れることはなくなったという。

こうしたことから鬼のモチーフとした凧揚げが壱岐で毎年恒例となっていき、現代になると凧揚げとして利用するだけではなく、家の魔よけとして飾ることで家内に不幸が訪れないようにするといった暗示もこめられるようになった。

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壱岐に残されている鬼の名所

鬼の伝承だけでなく、この壱岐には鬼がいたと思わせるような史跡や名所が残されている所も、先に紹介した伝承誕生へと繋がっている。その1つとして、まずはデイが民話におけるデイがクジラを捕まえる際に踏ん張ったとされる足跡が島内の『玄武岩』と言われている。元々は波の侵食によって削られて出来た自然物となっているが、その大穴ことクジラを捕まえる時に踏ん張って出来たと言われている。また足跡となっているため、必然ともう片方も存在しており、そのもう1つは壱岐諸島『辰の島』にある蛇ヶ谷にあるものと言われている。

鬼がいたのではと考えられているのは、現代における機械を用いる事無く、どうしたらこんなものが作られているのかと疑問符が立てられている史跡が残されている。それは同考えても一人の人間が持てるようなモノでは無い、巨石の古墳が壱岐の各地に点在するように残されているからだ。どんなに頑張っても大の大人数十人でも持つのは難しいだろうものを、何事もなく作られている古墳が散見されているため、それが出来るのは石を持ち上げることが出来るだけの体躯を持った鬼だけと考えられている。そんなところから、そうした史跡を『鬼が住んだ窟(あな)』と言われており、壱岐に鬼がいたのでは無いかと考えられている。

あくまで架空の存在として描かれている鬼だが、こう人間では到底出来ないようなものが存在すると色々な意味で想像力が生まれるが、壱岐島に伝承されている話はそうしたところから繋がりを見せているのだろう。

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